男尊女卑の世の夫婦喧嘩 [雑談ネタ#76]

徳川家康が幕府を開いたとき、江戸の人口はわずか2,000人だった。
それが、幕府の江戸定住政策もあって爆発的に増えていき、江戸時代末期になると約100万人にまで膨れ上がっていた。


人間が増えればケンカも増える。夫婦ゲンカも騒々しくなるらしい。
明治32年8月25日付の国民新聞が、ある一組の夫婦のいさかいが報じている。
当時はまだ男尊女卑の風潮が残る時代、すごいケンカをしていた。

本郷湯島天神町に住む三露竹次郎が、妻キンと口論の末、彼女を捕らえて猿ぐつわをかませ、荒縄で縛り上げたうえ、大型の箱に詰め込んで、キンの実家に送り返したというのである。
運送業者が箱をかついで、キンの実家のある湯島新花町へと向かう途中、警察官に見つかってしまい、竹次郎はきつい取り調べを受けることに。いやはや今では考えられないような事件である…。