壮行式に『葬送行進曲』!? [雑談ネタ#93]

西洋音楽と日本音楽の最大の違いは、七音階と五音階という音階の違いだろう。
それから、五線譜で音を表すというのも日本音楽にはなかったこと。

西洋音楽すなわち洋楽は室町時代末期にキリスト教とともに伝わってきたが、本格的に根付くの明治維新を迎えてからだ。
洋楽導入の道をひらいたのは、じつは軍楽隊である。明治2年に薩摩藩は藩士を横浜在留のイギリス海軍軍楽隊長ジョン・ウィリアム・ハントンのもとに送り、軍学を学ばせた。軍楽隊員は14歳から27歳までの藩士30名であったという。


しかし、初期にはなにごとも失敗がつきもの…。薩摩藩軍学隊はのちに海軍軍楽隊となるが、明治10年に西南の役が起こると、品川沖を出帆する政府軍艦を行進曲(マーチ)で壮行することになった。
厳かなマーチのなかを軍艦は波を切って進んでいく。演奏が終わった後、軍学隊長・中村祐庸は楽譜を眺め直して真っ青になった。
自分たちが演奏していたのは、なんと『葬送行進曲』だったのだ。
幸い失敗に気づいた者はなく、みな感動の面持ちで演奏に耳を傾けていたとか…。